その日、畑で一本の大根を引っこ抜いてみた。
土が手について、「きたね〜」と思ったけど、次の瞬間なぜかどうでもいいやと思った。大根ってこんな感触で抜けるんだったっけと、小学校の頃の学校農園をなつかしく思い出した。爪の中にはまだその土が残っている。
数年前、T君は私のお客さんだった。つまり結婚式の新郎だった。結婚式が終わって何度かメールのやり取りをしているうちに一杯やろうということになった。その席は結婚式当日の話もほどほどに大いに盛り上がった。
その後もT君とは頻繁に連絡するようになり、自然とお近づきな存在になっていった。
いつもそうだが、一杯の席では話題が多岐にわたる。趣味、家族、ニュース、スポーツ、テレビ、仕事、恋愛etcまでどんどん巡ってゆく。
結婚当時、ウェブデザイン会社でデザイナーをしていた彼は、いろんな意味で転職を考えたりしているようだった。25歳くらいだった彼は自分の中で、「やりたい事」と「できる事」の挟間で悶々としていた。
その後、催事などのお茶の販売会社→葬儀会社→広告企画会社と職を変えていった。不景気な世の中で、なかなか正社員になれない人が多いのだが、彼はパンパン入社試験に合格する男だった。転職を重ねると、飽きっぽいと思われがちだが彼は何か違う。自分と会社との距離感や、自分の時間をしっかり持っている人だった。
そんな彼と先日久しぶりに電話をした。
「ライタさん、今から畑に行きませんか?」 と。
聞くところ、彼は最近自分の畑を持ったという。以前から仕事の合間にバラの農園に通って農業の勉強をしてるとは聞いていたが、自分の畑を持っているとは知らなかった。
数時間後、私の自宅に軽トラックが到着した。荷台にはトラロープとビニールシート、タイヤには土の痕。いやいや、まずはそれにビックリした。若くしてカールおじさんだった。車中、吉田照美@文化放送を聞きながら1Hほどで畑に到着した。
畑はこじんまりとしていたが、しっかり整備されていた。いかにもT君らしさが出ていた。野菜は大根やちんげん菜、ビニールハウスにはバラが奇麗に植えられていた。
「T君、この畑は趣味かい?」と聞くと、それから彼が語った。
「デジタル化された世の中で、なんちゅ〜か、自分自身シンプルでアナログな作業を忘れてしまっているですよ。時代には逆らえないけれど、これじゃ(畑じゃ)食ってゆけないけど、何か自然に対して自分で試してみたかったんです。(中略)」
と、言葉は短めだった。
畑はシーンとしている。BGMも必要だと、近々アヒルも飼うそうだ。
確かにT君の規模の畑では食ってゆけないとも思う。しかし、単純に趣味とも言えない感があった。28歳で畑?!セミリタイヤでもない。
T君はその畑を耕し、農作物を育てる。なんてこと無い結果を出そうとしながら自分の中で、ある一つのモデルを構築してゆこうとも見えた。泥まみれになって、自分を見つけるということの典型にも思えた。言葉を話さない植物や土、太陽の匂いを肌で感じながら、自分の心のコアな部分に迫っているのかもしれない。土臭い男、いいではないか。
ちなみにバラは3月に咲くようだ。
T君はどんな春を迎えるのか。
手に土がついて、少しビクっとした私がいた。例えば、幼い頃は触ることができた虫も、今では触るのに勇気がいることもしばしばある。
今年の啓蟄(けいちつ)には何かアクションを起こしてみようと思った。
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