男子、20歳代後半というのはとても難しい時代だと思う。かと言って女子が難しくないと言っているわけではないので誤解しないでほしい。
私はどちらかというと年下の友人の方が多いが、その彼等のほとんどが20代後半だ。その頃の男子といえば、学校を出てどこかに就職したりしなかったり、社会人も一周してきて後輩もできたり、けっこう責任ある仕事も任されたり、父親の会社にいて二代目だとオダテられ生え抜き社員に翻弄されたり...etc。そして、恋人からはそろそろ結婚を匂わされたり...。いろいろ大変なわけだ。
そんな中、本当に自分はこれでいいのかと、自分の方向性など混沌とした日常の中、悶々と考えてしまったりする。
今の組織で生きてゆくべきか、それとも外で自分の力を試してゆくべきか。そんなことを私もその頃、よくを考えた。でも、自分が外で(例えば一人で)生きて行く術や力が無いことにも気付いて悩んだりした。
人はとかく属性(簇生)というものに安心感を得るのかもしれない。保証のない人生に、無理に足を突っ込む必要はないであろう。独立すればいいという話ではない。暴走族だって、一人では暴走族でない。
会社員や公務員の人が良いともダメともいってるのでない。しかし、それらの人がよく人間関係の事で大いに悩んでいるなどと聞くと、哀れにも思うし、平和だなと思う。私は人間関係なんていうのは仕事上付きものであって、給料に付随するものだと言ってやる。しかし、当事者はそんな風にも考えられないようだ。その人にはその属性が似合っているとうことだろう。そこから飛び出して他の組織に行っても同じ類の問題に突き当たるかもしれない。私に言わせてもらえば毎月25日くらいに決まった金が入ってくるのだから、幸せな事だ。
ある大手メーカーに務めているAさん(34歳)は、入社当初、「オレなんかこんな大きな会社に務めてるから、歯車になるしかないよ」と言っていた。私もそう思っていた。けど、その人は20代後半の時代を駆け抜けて一皮剥けていた。最近は海外へ出張したり、社長の前でプレゼンしたりするようで、「サラリーマン人生、極めてやる!」と言っている。それこそが自分に素直な言葉じゃないだろうか。出世したいと公言するのは、ウザい奴であるけど、爽やかにそう言い切られると清々しい。それでいいと思う。
話を20代後半の男子に戻そう。私はその世代の人達によく言うことは、自分に率直に生きてみてはということである。だいたい後悔のない人生なんかない。「後悔はありません」なんて言うけど、そのコメント自体が後悔の象徴かもしれない。
あと、やりたいことなんてそんな簡単に見つかるもんじゃないとも言う。好きな事を仕事にできて食ってゆけたら、こんな幸せなことはない。みんなそう願っている。しかし、本当に好きなことを仕事にしている人は「好きな事やってます!」なんて声高々に言わない。
どうせ後悔するのであれば、やって後悔すべきなのではないか。やらないでウジウジしてないでやってみなさいよ、ということだ。そこから本当の自分が見えてきたりする。
私はフリーランスで生きていて、気がつけば最近自分を叱ってくれる人があまりいなくなってきた。仕事の愚痴をこぼせる人もそんなに多くない。そんな中、83歳で現役でお菓子屋をやっている祖母と仕事の話をすることが多い。時には愚痴をこぼす。そんな時、ばあちゃんから言われる事は、「仕事に張り合いがあっていいじゃない。暇だと寂しいもんだよ」と。悩むということは張り合いがあるということと、励まされる。
バブルがはじけて悩んでいる人。
自分自身がはじけたいと思って悩んでいる人。
この世の中には少なくとも2種類の社会人がいる。私も含め、今、20代後半の人は社会人時代にバブルを知らない。知ってる知らないは置いておいて、私は後者の人達と力を合わせて頑張ってゆきたい。
という私だが、実は自分自身、分かっているようで何も分かっちゃいない。先のAさんのように清々しく爽やかに生きたいものだ。
20代後半の人達に分かったようなことを言っておいて、自分に言い聞かせてるのであろう。
「男は振り向くな 全ては今」かな。
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